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札幌家庭裁判所 昭和56年(家)1065号 審判

申立人 岡井正俊

事件本人 吉田純

主文

事件本人の親権者を申立人に変更する。

理由

第一申立人は、主文と同旨の審判を求め、その事情として、事件本人の親権者母である吉田多津子が、昭和五五年一一月二九日に死亡したため、事件本人の父である申立人が、昭和五六年三月下旬ごろから、事件本人を引き取り、現在同人の養育・監護にあたつているので、事件本人につき、申立人への親権者変更を求めて、本件申立に及んだものである。

第二ところで、本件記録に編綴されている各戸籍謄本、札幌家庭裁判所調査官○○○作成の親権者変更事件調査報告書並びに電話聴取書二通、及び金井新作に対する当裁判所の審問の結果によれば、次のような事実が認められる。

一  申立人は、昭和四五年二月一六日、金井多津子(昭和二二年九月二七日生)と婚姻し、昭和四八年五月三日、事件本人が、双方間の長男として出生し、その後、双方の性格不一致を理由に、申立人は、昭和四九年九月一八日、事件本人の母多津子と協議離婚をして、その際、事件本人の親権者を母である多津子と定められた。

二  ところで、昭和五〇年四月一四日、多津子は、吉田栄一(昭和一九年三月二三日生、本籍は札幌市中央区○○○○××丁目××××番地×)と、夫の氏を称する婚姻をするとともに、同日、吉田栄一と事件本人との間で養子縁組(代諾者は親権者母の多津子)がなされた。

三  ところが、事件本人の養父である吉田栄一は、婚姻して間もない同年八月五日死亡し、事件本人の母多津子は、昭和五五年一一月二九日、当時居住していた千歳市内で死亡した。

四  そこで、事件本人の母吉田多津子が死亡した直後に、室蘭市で居住していた同女の父金井新作(昭和三年一月三日生、事件本人の祖父)が、事件本人を自宅へ引き取り、同人を、千歳市から、室蘭市内の小学校へ転校させて、その養育・監護をすることになつたばかりでなく、事件本人に対し支給される労災保険金の支給手続等に必要なため、その関係機関からの指導もあつて、金井新作は、昭和五五年一二月中旬ごろ、住所地を管轄する札幌家庭裁判所室蘭支部へ、事件本人のために、後見人選任(後見人候補者を金井新作として)の申立(同庁昭和五五年(家)第六九八号)をなした。

五  これに基づき、前記裁判所における事件本人の実父岡井正俊(本件の申立人)の意向が調査され、その過程で、実父岡井正俊が事件本人を引き取つて、養育・監護したい旨の意向が強く示されたため、多津子の父金井新作と事件本人の父である岡井正俊との間で、事件本人に関しての話合いが数回行なわれ、その間に事件本人と申立人との面接や、事件本人の真意の確認などを経て、双方の間で、申立人が、今後、事件本人を養育・監護するという合意が円満に成立した。

そこで、金井新作は、昭和五六年三月中旬、上記の後見人選任申立事件を取り下げる一方、これに代わる措置として、申立人が、当裁判所へ、本件の親権者変更の申立をなすに至つたものである。

六  そこで、申立人は、事件本人が小学校一年生の過程を終了するのをまつて、同年三月下旬ごろ、事件本人を、肩書住所地の札幌市へ引き取り、現在、その内妻西向啓子(当四三年)らと共に生活し、同女も夫である申立人の意向をよく理解・協力して、事件本人を暖かく迎え入れたため、事件本人も、申立人夫婦に対し、「お父さん、お母さん」と呼んで、すでにその家庭生活に定着し、西向啓子との間に何のわだかまりもみられず、同年四月初旬から、住所地に近い札幌市立○○小学校へ転校して、同校の二年生として、元気に通学しており、新しい学校生活にも馴れ、その態度にも落ち着きがみられており、そのうち、申立人夫婦も正式に婚姻する予定になつていて、事件本人を取りまく生活環境は極めて良好であり、申立人の親権者としての適格性についても、何ら懸念されるべきものは見当らない。

第三ところで、前記に認定した事実によれば、事件本人は、養父と実母との婚姻により、その共同親権に服していたものというべきであり、その後、養父吉田栄一の死亡により、実母吉田多津子の単独親権に服していたところ、さらに、実母多津子の死亡により、事件本人に対し、親権を行う者がなくなつたものというべきである。

そこで、このような場合に、民法八三八条一号によれば、事件本人に対する後見が開始すべきものとされているが、このような場合にも、法の解釈上、後見人選任の措置に出ないで、他の生存親へ親権者変更の審判が許されるかについて争いのみられるところであるが、もともと、未成年者に対する後見制度は、民法上、親権制度の補充的性格を有するものであり、かつ、生存親と実子という関係における一般的な国民感情を無視しえないこと等を考慮して、生存親が親権者であることを希望し、かつ、同人が、親権者としての適格性を有するものと認められるかぎりにおいては、生存親への親権者変更の審判をなしうるものと解するのが相当である。

さらに、本件において、事件本人と、すでに死亡している養父吉田栄一との間で、未だなお離縁の手続がとられていないため、両人間に法律上の養親子関係が継続しているけれども、養父の死亡により、その養親子関係の実態は解消されているものと認められるほか、子の利益・福祉に鑑み、以上のような解釈は、これ(法律上の養親子関係の存続)により何ら影響されるものではない、と解するのが相当である。

第四以上のような認定事実によれば、申立人は、実父として、事件本人の親権者でありたい旨強く希望し、かつ、申立人について、親権者として、その適格性を充分肯定できるところであるから、叙上の説示により、本件申立を相当と認めて、主文のとおり審判する。

(家事審判官 野口頼夫)

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